猫を起こさないように
日: <span>1999年2月23日</span>
日: 1999年2月23日

風の歌を聴け

 「おや。(弾丸の装填されていない銃をぶらさげた男の満ち足りた穏やかな表情で煙草をもみ消しながら)もうこんな時間だ。みんな一週間元気だったかな。こちらはラジオ宮城、D.J.FOODがお送りする”KAWL 4 U”。これからの二時間、素敵な音楽と僕の洒落たトークをたっぷりと楽しんでくれると嬉しい。全国には春の気配を感じはじめた人もいるだろうけど、東北はまだ少女の純潔を暗喩する深い雪の中さ。
  今日はレコードをかける前に君たちからもらった一通の手紙を紹介する。読んでみる。こんな内容だ。
 『お元気ですか?
 毎週楽しみにこの番組を聞いています。私の入院生活も早いもので三年目になります。毎年この時期は、窓に写る風景も新しい生命の息吹を感じさせて、沈みがちな私の気持ちもうきうきと浮き立ちます。もっとも空調のきいた病室から何の現実的な連絡も持たない世界を傍観者として眺める私には、まったく意味の無いことかも知れませんけれど。
 お医者様(青髭の素敵なホモセクシャルです)が言うには、私の身体は進行性の二次元コンプレックスに侵されているのだそうです。ひどく厄介な病気なのですが、もちろん回復の可能性はあります。といっても、0,000000002%ばかりだけど……。お医者様の言葉をかりるならば、それはエヴァ初号機を起動させるよりは簡単だけれど、ネットから足を洗うよりは少し難しい程度のものなのだそうです。
 毎日毎日気の滅入るような、実際的な効果があるのかどうかわからないリハビリを続けています。昨日は大柄な白人の女性と黒い山羊が野原で交接しているビデオを八時間ぶっ通しで見せられました。その日のリハビリが終わる頃には、私自身の吐瀉物で床はいっぱいになっていました。お医者様は日々の積み重ねが大事なんだよとおっしゃいますが、このまま完治する見込みのない病気をひきずって何十年も、リカちゃんの髪型が変わったことにも気がつけないまま、一人病室で誰にも愛されず年老いていくのかと思うと、叫びだしたくなるほど怖い。
 夜中の3時頃に目が覚めると、ときどき自分の金玉からOA機器の発する電磁波の影響で精子が消滅していく音が聞こえるような気がします。そして実際そのとおりなのかもしれません。しかし一方でこれこそが、生身の人間を愛せないという最悪の罪に与えられる相応の罰であるという、奇妙に納得する気持ちもあります。私たちの上に訪れる滅びは、突然の空からの隕石などによる大騒ぎではなくて、このようなじわじわと迫り来る、気がついたときにはもう誰にもどうしようもなくなっているような、静かなものなのかもしれません。
 病院の窓からは私立の女子中学校が見えます。こんな場所から男に見られているという意識もなく、グラウンドで繰り広げられる痴態を眺めながら、この牢獄のような病室から這い出していって、彼女らのブルマァの芳醇な香りを胸いっぱいに吸い込むことができたら……と想像します。もし、たった一度でもそうすることができたとしたら、何故世の中がこんなふうに成り立っているのかわかるかもしれない。そしてほんの少しでもそれが理解できたとしたら、リカちゃんの髪型が変わったことに気がつかないまま、ベッドの上で一生を終えたとしても耐えることができるかもしれない。
 さよなら。お元気で。……えっ。病名追加ですか。ははぁ、進行性のロリータコンプレックス。ちくしょう。』
 名前は書いてない。
 僕がこの手紙を受け取ったのは今日の午後3時頃だった。短くなった煙草を親指と人差し指でつまんで吸い終えると、雪の上にできた赤いシミにおおいかぶさるようにむせび泣く少女に万札を三枚放り投げてから、さくさくと民家の二階にまで及ぶほどに積もった雪の上をかんじきで歩いた。しばらく歩くと、小学校にあがるかそこらくらいだろうか、数人の幼女たちが嬌声をあげながら、寒さで頬を真っ赤にして雪合戦にうち興じているのに出会った。僕は二本目の煙草に火をつけると、路傍の石に腰掛けてその様子を見るともなしにぼんやりと眺めていたんだ。そうしているとね、急に涙が出てきた。泣いたのは本当に久しぶりだった。でもね、いいかい、君に同情して泣いたわけじゃないんだ。僕の言いたいのはこういうことなんだ。一度しか言わないからよく聞いておくれよ。
 僕は・あなたたちおたくが・大嫌いだ。
 あと10年も経って、このホームページや僕の言及したアニメ作品や、そして僕のことをまだ覚えていてくれたら、僕の今言ったことも思い出してくれ。
 彼のリクエストをかける。Rookyの『ねっ』。この曲が終わったらあと1時間50分。またいつもみたいな犬の漫才師にもどる。
 ご静聴ありがとう。」